名前は、まだない。

@comme_je_suis_

【はたちになった】ここらで一息ついてもいいよね。

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芦ノ湖にて。

 

20歳になった。

 

人生80年として、1/4が経過したんだが、これをあと3回繰り返すのかと思うとなかなかしんどい。

 

でもこうやって今ここに生きているのは、どうもすごいことらしい。

 

最近『旅をする木』という写真家の星野道夫が執筆した短編集を読んでいる。

 

その中の「春の知らせ」では、アラスカでの動物たちの生きる厳しさが非常に丁寧に描かれている。

 

カリブーの仔どもが寒風吹きすさぶ雪原で産み落とされるのも、一羽のベニヒワがマイナス50度の寒気の中でさえずるのも、そこに生命のもつ強さを感じます。けれども、自然はいつも強さの裏に脆さを秘めています。

 

(中略)

 

そういう脆さの中でい私たちは生きているということ、言いかえれば、ある限界の中で人間は生かされているのだということを、ともすると忘れがちなような気がします。

旅をする木星野道夫 pp.33-34より

 

なんだか生きていることが当たり前なんだけど、そういう世界もあるってことを忘れていた。

 

 

20年目を迎えた今、大学のこととか資格のこととか、色々追われて、何となくで生きている気がしてるから、そろそろここらで一息つきたい。

 

 

ここで一息ついて、これからどうしようかとか、少しずつ考えながら、また人生歩んでいけばいいのかな。

 

 

 

やっぱり人間でもなんでもそうなんだけど、1回休まないとダメよね。

 

 

 

では、失敬。

二十歳になれば。

POPEYE二月号『二十歳のとき、何をしていたか?』の前文にはこう書いてある。

 

”偉業”の始まりが二十歳にあるという人は多かったりする。
”大事”をなすことのみが”素晴らしき二十歳”ではないし、人生の全てが二十歳で決まってしまうわけではない。

でも、二十歳の時に必死で頑張ってみたり、何かを始めてみるのは、きっといいものだ。

 

ところで。

 

「ナツイチ」という集英社文庫の夏のキャンペーンの中に朝井リョウの『桐島、部活やめるってよ』が紹介されていた。

朝井リョウは、この本を弱冠19歳で執筆したらしい。

 

現在、僕は19歳と345日。

 

”大事”をなすことだけが人生じゃないけど、でもやっぱ男に生まれたからには何か”大事”の一つや二つくらい成し遂げたいよね。

 


二十歳になれば、二十歳になる今年が、僕にとっての大事の起点となるのか。

 

いろいろ頑張らないとと思った、そんな夜。

 

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梅雨の今こそ、足元を。

お久しぶりです。

なんだか7月も1日を迎えてしまい、気分も新たにブログをまた定期的に始めてみようかなんて。

 

そんな気分を保ったままベッドに向かわなかった自分を褒めたい。

 

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吾輩は猫である。名前は…

僕の家には昔、黒猫がいたという。

 

名前は「クロマティ

 

当時活躍していた助っ人外国人プロ野球選手と、毛の色合いとをかけて名付けられた。

 

 

時に名前とは呪いのようであり名付けられたモノの人生を縛りつける。

 

彼の名前もそうであり、僕の名前もそうである。

 

 

「黒猫が目の前を横切ると不吉なことが起こる」とはよく言ったもので。

 

我が家の空気の澱んだ感じはこの家の中を幾度となく歩き回ったことに起因しているのではないかと疑うときもある。

 

 

彼はとても長生きだった。

 

15年生きたという。ただ亡骸もなければ墓もない。

 

彼は最期をどこで迎えたのか、誰も知らない。

 

いつの間にか出ていった。

 

 

孤独を愛しているかのような素振りをしつつも実は誰かからの愛情を求めているその姿は、実に人間らしく僕の目には映る。

 

 

命日が分からない彼を、今日くらい偲んでも化けて出てきやしないだろう。

 

ましてや、目の前を横切るなんて、ね。

【旅のまとめ】ぼくが地方に行く理由

新年あけましておめでとうございます。

 

 

あけたけど、去年と何ら変わらない日常を過ごしております。

 

みんなお年玉もらった?それとも従兄弟にあげた?

 

さすがにもう貰える年齢ではないらしく、今年は0でスタートです。つらい。

 

 

さて、去る2016年12/31から2017年1/1にかけて、福島は会津若松に行って年を越しました。

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(ほうじ茶おいしい)

 

ルートは北千住~会津田島会津若松。5時間座りっぱなしでエコノミー症候群になるかと思った。

 

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(駅名長い。)

 

これらの写真見てもらえばわかるんですけど、雪です。

東北は雪が降ってました。

 

山のこちら側と向こう側じゃ気候も何もかも違っちゃいますね。

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そして、乗ってる電車も昭和の哀愁漂うボックスシート。(これは会津鉄道

 

ぼくはボックスシートが大好きです。

 

いかにも旅っていう感じがするじゃないすか。

 

更に言うならば、時間がかかる方が良いです。

 

もし「どこでもドア」があって世界中瞬時に行けるようになったら、旅は意味をなさなくなるのではないか。

場所はそこにあるが、心持ちと思考がたどり着くにはすごく時間がかかる。移動時間とはそのためにあるのだろう。

 

チェルノブイリは「ふつう」だった - デイリーポータルZ:@nifty

 

この言葉に刺されました。そうなんです。どこでもドアがあっていいのは通勤通学のときだけでいいんです。

旅に時間がかかることで自分の心が整理されたり、ワクワクが増幅したりと、日常生活と非日常の切り替えをする機能が時間に備わってると思うのです。

もちろん新幹線も好きです。けど速さを得た引き換えに旅愁が失われた気がして少し寂しい。

出来ることなら京都にもローカル線で行きたい。

 

話を戻しましょうか。

 

今回回れたのは鶴ヶ城のみ。年末年始はどこもあいてないですね。

 

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(わかりにくいかもしれないけど、瓦は赤です。日本で唯一かも。)

 

ここは戊辰戦争が進む中、奥羽越列藩同盟の拠点として使われ、会津戦争の際には1ヶ月以上籠城したとか。

 

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なお新政府軍の大砲でボコボコの模様。

 

そこから一回崩してまた再建したのが今の形です。

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天守閣からはこんな感じ。ずっと曇ってた。

 

そして高い建物が無いから遠くの山まで見渡せる。

 

そんなこんなで鶴ヶ城を後にして、

 

 

モツ焼き食べました。めちゃ美味い。特にシメのたまご雑炊が。

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そんなこんなで会津若松を後にしました。本当は相馬とかにも行きたかったのですが、あまりにも電車の本数が少なすぎて2日まで横断しそうだったので今回は断念。また3月に今度は竜田に足を運ぼうかと。

 

 

さて、ここまで旅のおさらいをしてきましたが、過去にも何度か一人旅をしてきました。

秩父、箱根、松本…

 

なるべく地方に行くことを心がけています。(ぜんぜん行けてないけど)

 

それはなぜか。

 

理由は「そこに日本があると思うから」。

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普段暮らしていると、どうしても東京神奈川のエリアばかりに目が向いてしまい、そこの暮らしを支えているモノに目が行きづらいと思うのです。

 

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もちろん東京も日本。だけど、日本のようで日本でない。

 

いうなればバチカン市国みたいな。違うかも。違うな。

 

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コンビニの店頭におにぎりサンドウィッチが並ぶことをどこか当たり前のように感じていたり。

 

24時間お店が開いているのが当たり前になりつつ時代、それを支えるのは東京以外の地方なわけです。

 

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東京が東京として自立していられるのも、地方の支え・犠牲が伴って支えられている。

 

そういう意識が、人々の中から徐々に薄れていってる気がしてならないと感じます。

 

 

会津若松はまだ栄えてるにしても、そこまでの道はやっぱり栄えているようには見えなかった。

 

これら写真を見てもらえばわかるけど、歩いて5分の距離にコンビニなんてない。あるのは、畑。

 

 

ここが日本を支えているんだ、ここが日本なんだ、と。

 

そういう意識を取り戻すために、僕はまた地方に行く。

 

 

 

 

 

 

料理屋で、女将が言った。

 

福島の米は、美味いんだ。なぁそうだろ、お客さん。

あたしはそれが伝わんねぇのが悲しくって。

 

そう語る目には、一筋の涙。

 

 

 

 

ぼくの大好きな西日暮里駅JR線のりかえ改札そばエスカレーター

どうもです。

 

今年もいよいよ3~4日になり、冬コミのお品書きをTLに見かけることが多くなってきて、年末ということを実感する次第でございます。

 

今年は年明けどこに行こうか迷い中です。今の候補は福島か新潟。

 

ちなみに去年はあてもなく秩父へ行きました。

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秩父神社で初詣をして、なんとなく秩父をぶらぶらしてた記憶がある。

 

確か「ここさけ」の聖地巡礼もやった気がする。

 

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横瀬町の方で少し秩父から歩いた気がした。確か拓実と順が会った場所ですね。)

 

みなさんは2016年の最後をどこでだれと過ごしますか?

 

 2017年の最初はどこに行きますか?

 

 

 

さて今回はエスカレーター。

 

大学行く時は必ず西日暮里で乗り換えるんですけど、地下鉄ホームからJRのホームに上がるまでのエスカレーターが結構長いんですよ。

 

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(伝われ)

 

毎朝通勤ラッシュの時間帯だと、ここをサラリーマンたちがびっしりと乗ってるわけ。

 

その風景を見ると必ずこう思ってしまいます。

 

「今日も社畜たちは社会へと出荷されていくのだなぁ」

 

別に右側を駆け上がる自発性も若さもない。受動的なモノ。

 

左側に立って乗ってると、いかにも出荷を控えたモノに見えてきてしまう。

 

そんなことを思いながら、僕もまた大学へ、社会へと出荷されていくモノになっている。

 

 

 

大学への通学路は就職線急行社畜行きだった・・・?

 

 

では、失敬。

 

 

ぼくらの青春、河下水希。

どうもです

 

最近呟くのやめたらこっちに書くこと多くなってきました。

 

なんだかまたいろいろ忙しくなってきたから、書けるうちに書いておく。

 

blogos.com

さっき、BLOGOSっていう色んな人が色んな意見をブログみたく言うっていうサイトの長期インターン募集のお知らせを見たのだが、そこに「自分の書いたブログやサイトのURL」って書いてあって、応募するの一旦やめた。

 

書いたものをどう評価してくれるのかはすごく気になるし、彼らからみてこのブログはどのように見えてるのかという意見は欲しいんだけど、なんだか少し怖い。

 

まだ迷い中です。興味のある方はやってみてはいかがでしょうか。

 

さてさて今回は、「ぼくらの青春、河下水希」です。

 

まず、この方が誰なのかを説明しましょうか。

 

この方は週刊少年ジャンプで「りりむキッス」「いちご100%」「初恋限定。」「あねどきっ!」など主にラブコメディを主軸とした作品を描く漫画家さんです。

 

現在はジャンプから離れ、月刊YOUという雑誌に桃栗みかん名義(こっちの方が先なんだけど)で「群青にサイレン」という作品を描いているそうです。

 

久しぶりに彼女の絵を見ましたが、彼女らしさの残る絵がまだそこにはあって、少し泣きそうになりました。

 

 

最近やたらと涙脆くなっちゃったんですよね。どうしたんだろう。年なのかな。

 

それはいいとして、なぜ彼女を取り上げたのか。

 

たまたまいちご100%を読む機会があって。っていうそれだけなんですけど、でも読み返していくうちにいろいろ思うことがあって…っていう感じです。

 

いちご100% - Wikipedia(話の中身はこれを見よう!)

 

いちごだと2002-2005年くらいだからちょうど小学校入りたて。まだギリギリジャンプ買ってないくらい。だけど最初に読んだのが2010年くらいだからちょうど中1くらい。

 

青春の入り口に立ったくらいの年齢で河下作品と出会いました。

 

たぶんその時は何もわからず、ただただ絵がエロいとかで読んでたと思うんですけど

 

作品の中の彼らと同じ時間を過ごし、大学1年になった今、改めて振り返るとものすごく感動しちゃって。

 

深夜にも関わらずオンオン泣いてしまった。何してんだ俺。

 

もちろん今のマンガに比べると絵の質は落ちる。だけど、話がめちゃめちゃいい。

 

同じラブコメの『ToLoveる』、『ニセコイ』にはない。

 

たぶんそれが河下作品の良いところなのだと僕は感じる。

 

 

さっきから抽象的な表現ばっかで、実際どこがどう良かったんだって話ですよね。

 

 

僕がいいなって感じたのは、主人公である「真中淳平」っていう人間そのものです。

 

たぶん作品を読んでいらっしゃる方なら、「どうせ奴が3人のヒロインに囲まれて色々あるのがうらやましいんじゃないのか?笑」みたいな反応を返してくると思うんですけど、そこじゃない。いやそれは確かにうらやましいんだけど。

 

そうじゃなくて、彼の何かに一生懸命になれる姿に心惹かれた。

 

ここからは少し自分語りになるので、興味なければ読み飛ばすかブラウザ閉じてください。

 

僕は中高通してあんまり何かに熱中するっていうことが無くて。

それは勉強のみならず部活だったり。いろいろ。

 

それに目標に向かって走るみたいなこともできてない。

 

今は公認会計士になるって目標を掲げてるけど、正直いってぶれてきた。だから今は頑張れてない。

 

親には春休み終わる前には決めろって言われてるけど、決まるのだろうか。

 

今は雑誌の記者とかも興味があって、茨の道だけど、それでもやる人がいるってことはやっぱり面白いんだし。

 

国家公務員でキャリア官僚として霞が関通ってみたいし。

 

やりたいことはある。かといって目標に向かって走れない。

 

 

 

 

戻ろう。

 

だから、彼が映画に熱中して、「映画に関われるんだったら大学なんて行かなくっていい」って言えるその姿勢にあこがれを抱き、心惹かれるのだろう。

 

読み返して泣いたのも、たぶんそれだ。

 

彼を見てると何だか今の自分がとても情けなくなってくる。

 

何やってるんだろう、って。 

 

 

 

「人生よりも人生に近い」

 

 

これが河下水希作品の醍醐味だと、僕は思う。

 

 

もしいちご100%を読んだのなら、初恋限定。も読んでほしい。

 

その中に出てくる「曽我部」ってやつにも僕は憧れてた。

 

32話で終わっちゃったけど、あれも良いマンガだから。

 

ぼくらの青春を思い起こさせてくれるマンガって早々ないと思うから、ぜひ読んでほしい。 

 

では、また。