デカルコマニーという馬がいた。
久しぶりのパドック見学だった。
去る2018年4月14日。中山グランドジャンプの開催日であったこの日、僕はこのレース3連覇が懸かるオジュウチョウサンの撮影のため中山競馬場を訪れていた。
撮影の練習がてら、パドックに足を運ぶ。
馬たちが周回する。人々は彼らの筋肉のつき方や歩様、そして気分がどうなのかを見定める。馬券を買うのであればこれらの項目を見るのであろうが、撮影をしていた僕は主に馬の目を(ファインダー越しに)見ていた。
その中にひときわ目を引く馬がいた。デカルコマニーという馬である。
とにかく、とにかく優しい目をしていた。
競走なんて向いていなさそうな、でも人を乗せて走ることは嫌じゃなさそうな、そういう馬ではないだろうか。目は口程に物を言うではないが、ファインダー越しからはそう感じた。
彼が出走した第5R 3歳未勝利戦は16頭中13着でゴール。ダート1200mという、比較的力のいる競馬が求められるのに対し、彼の身躯、特にトモが厚くなく筋骨隆々といったほどでもないために最後の直線で力のある馬に競り負けてしまうのは想像に難くない。
闘志みなぎる歴戦の猛者たちが鎬を削るスプリント勝負の世界において、ひたすらに優しい目をした馬が勝機を見出すのは難しいのである。
当該レースで勝利を収めた「ランパク」という芦毛の馬は、周回中に(ナポレオンの絵のように)後足だけで立ち上がってしまうほど、気性の荒さが目立った馬だった。
「やっぱりな。」という感じでレース観戦を終える。 その後も第6、7とレースを観戦。メインの重賞もオジュウチョウサン号が優勝し中山グランドジャンプをレースレコードでの3連覇が達成された。
その後も何事もなく、また日常の生活へと戻っていった。
ただある時週末の楽しみである重賞予想のために競馬を見ていると、ふと、あの馬のことが思い出されるのである。
要するに、惚れていたのだ。あの目に。
レースに勝てなくても、ひたすらに優しい目をしたアイツのことが心のどこかに引っかかってしまう。怪我せず走り切ったんだろうか。やっぱり着順は低いままなのだろうか。そういうことが気になってしまったが最後、彼のことを応援したくなってしまった。
2018年の夏以降障害競走に転向するまで、ダート戦線では2ケタ着ばかりであり成績は思うように振るわなかった。ただ秋競馬が始まって以降、障害競走では最高2着と徐々にではあるが成績が出始めていた。
障害競走は長距離戦であり、デカルコマニーの体型からも向いていると思われるだけにこれからの活躍に期待していた部分があった。
ところが2月28日。突然の登録抹消の知らせがあった。地方競馬(盛岡)への転籍(?)である。
詳細なところは不明だが、中央の芝・ダートには別れを告げ、地方に拠点を移すらしい。
たった1度の出会いだった。
僕にサラブレッドの美しさを教えてくれたのは、かの有名なディープインパクト号であった。だが馬自体に対する愛らしさを思い起こさせてくれたのは、遂に未勝利戦も勝てなかったデカルコマニーという馬であった。
誰の記憶にももしかしたら残らないかもしれないが、僕はこれからもしっかりと覚えていることをここに記録する。