名前は、まだない。

you can ( not ) redo.

ここ最近の状況など

最近また仕事に余裕が出てきたので、合間合間に他人のはてなブログをちまちま読んだりしているが、みんな結構、本当に日記って感じで長々書いたりなんかしてないんだよな。

 

節目節目くらいでしか使ってないこのブログだけども、何か500字くらい(3ツイート分くらい)書きたいみたいな時はここに書こうかな、そうしよう。とはいえ続かないんだよなぁ。

 

とりあえずここ最近の状況について書きます。

方々には陳謝して回っているけども、現状ここにはあんまり詳しく書けない家庭のアレやらコレやらの事情により、土日の予定について全て断りの連絡を入れて回っている状態です。

書ける事情としては、Twitterのアイコンにもしている愛犬が完全に認知症になってしまったことが1つある。

ほぼ毎日朝から晩まで不安から来る症状により鳴いてる状況で、家族共々かなり参っている(特に母親が)です。

我が家は核家族核家族、両親に子1人に犬1匹という構成で、かつ母親がめちゃめちゃに脆いという状態。

父親はリモートで働けるものの、僕の方が職業柄リモートが出来ず、週に2日は母親が面倒を見るみたいな状況の中、1日鳴き続ける犬に対しかなり体力・精神共に参ってしまっている状況のため、土日については自分が主として面倒をみて、その間母親は休むみたいなリズムで凌いでいるので、土日についてはしばらく出かけることは困難というわけになっています。

 

皆さま何となくご理解を頂けてるので助かっておりますが、状況打破に向けた光明があんまり見えておらず、泥舟に乗って沈むのを待つばかりといった感じになっています。

 

そんな感じなので、大変恐縮ですが、どうぞよろしくお願いします。

 

それでは。

 

24-25

もう25歳ですって。

 

どうしますよ、ただただ加速しているだけの人生。

最近はサッカーを観ているけども、もう若手の人とかみんな下だもんな。

21歳とかで移籍金何千万ユーロとか貰ったりしていると、俺のこのカスみたいな仕事で稼ぐ月給30万弱がかわいく思えてくる。かわいいね。ざーこざーこ。

 

大器晩成と割り切って、あまり焦らず構えているつもりだけども、とはいえやっぱりそれはハッタリでしかない。内心焦っている。何に焦っているとかは薄ぼんやりとしていて不明だけども、とにかく焦燥感に駆られている。我々は早く何かを為さなくてはならない。それは試験であったり身を固めるであったり。

 

そういうこともあって、25の主題は「気合い」になった。

もう「気合い」しかないんですよ。諦めるのは最後までいっぱい頑張ってからなんですよ。今すぐ『響け!ユーフォニアム』を観てください。

 

僕が高校の時通ってた塾は受験指導を超えて生き方指南みたいな所までコミットしてきたので、入塾以後そういう精神が染み付いてるのもあるんだが、かなりテクニカルな受験技術を話しつつも、最後はやっぱり「気合い」でやるしかないみたいなことを言っていた。

水は低きに流れる、だからこそ目標は高く、現役で受かることのみを考えろと。自分の中で「やる」と決めた時しか無理だと。

言われればそれはそう、人間ケツが決まらない事にはどうにも上手く事は進まない。

 

だからこれからは「気合い」なんです。

全て気持ちと気合いの問題、気合いでやっていくしかないんや!!!

とはいえがむしゃらに目の前のことをやれば良い訳では無いので、あくまで冷静に。ロードマップを立てつつ、あとは気合いで。

 

今日はもういいか、もういいです。

感染に気をつけましょうね。

またご飯行きましょう皆さん、お中元お歳暮交換しましょう。

 


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2021


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今年もまた年が暮れようとしている。

2021年はどういう年だったかと言われると難しいが、とりあえず1TD決めた年だったとでも振り返ろうか。キックも決めて7点だ。

 

2020年はやっとこさ2021年の対岸に辿り着いたな、の印象がとにかく強かった。けれども今年に関してはスイスイと2022の彼岸まで泳いでいけた。それも少し周りを見る余裕を持って。

それは恐らく仕事に"慣れた"からだと思う。単にルーティンの一部と化したとかではなく、より高い理解を持って仕事に臨めたというか。一つ一つの作業や数値の動きにどんな意味があり、どのような作業を行えば正しくあるべきものに仕上がるのか。それが段々分かり始めたのがこの2021年という年であり、総括かもしれない。

 

皆は元気にしているだろうか。

コロナ禍が云々の前にとにかくそんなに多くの友人がいる訳でもないので、どこかに出かけるとかご飯を食べるとかそういう機会があまり無く、インターネット上の声でしかその様子が分からない。

悪く言えば老人ホームのようであり、こちらから出かける意志を示さない限り施設に居続けるしかない。これは単に悪く言っただけかもしれない。

 

以前、もう誰とも会えなくなるのだろうかと書いたことがある。皆それぞれパートナーがいて、帰るべき家があり、守るものができた時、独身貴族の我々に割かれるリソースなどあるのだろうかと考えてしまう。

寺山は、『思い出されるためには 忘れられなければならないのが いやなのです』と書いた。『あゝ、荒野』では、バリカンは新次と"のっぴきならない関係"を築くために、新次との試合での死によって新次の意識に「間借り」する。苛烈ではあるが、新次にとっては忘れられない出来事であろうし、寺山の言うようにバリカンのことを「思い出す」ことはないだろう。

ここまで激しい関係を築くことは困難だが、「思い出」されたくないなとは思う。なので何か定期的にご飯とか行きましょう。

 

巻頭文はこんなもので。

いつも何書けばいいか分からなくて迷走しがちなのでもっと上手くなりたいね。ここから先は買ってよかったものや摂取したカルチャー、日記などを書いていきます。

 

○買ってよかった2021

ソニー ワイヤレスイヤホンWF-1000XM4

いわゆるワイヤレスイヤホンをずっと買おうずっと買おうと思って、この夏ようやく購入。イヤホンはSONYのがいいって決めていて、これの1世代前のやつにしようか迷ってた時にちょうど新作が出るとの事だったので迷わずこちらに。とにかくノイズキャンセリングが効くので、集中して音楽を聴いたり映画を見たりできる。充電の持ち自体も悪くなく、サイズも小さいので持ち運びも楽。再生/停止が右のイヤホンをタップするだけでできるので、買い物の際レジで対応する時もわざわざイヤホン外さなくとも会話が成り立つのでかなり重宝している。

特にこのワイヤレスイヤホンの特徴は「自動風ノイズ低減」の機能だと考える。どうしても風が強い日などはイヤホンをしていても風切り音で聴きづらくなる時もあるだろう。そんな時この機能をオンにするだけで、かなりノイズが低減され聴きやすくなる。外に出る時はずっと音楽を聴いてる性分なだけに、この機能は大変ありがたい。何があってもお前に良い音届けるからな!のSONYの気概を感じる。曲を"浴びるように"聴きたい場合、没入感を体感出来るこのワイヤレスイヤホンは本当にオススメ。世界が自分と曲とだけに切り離される。

 

・HARISONS 6Bダブルスーツ

写真は無いが、また今年もウールのスーツを仕立てた。去年は段返り3Bのウール3pスーツ(チェンジポケット付でスラント入)を仕立てたが、今年は趣向を変えて6Bのダブルにした。ブラウン系の生地を探してたらちょうどHARISONSの生地があったことから即決。

最近の生活はBritish Gentlemanをコンセプトとしてるので、サヴィル・ロウでも定番のこの生地を選べて良かった。

せっかくダブルを作るので、ラペル幅は10.5cmに。ゴッドファーザーpart.1で皆ぶっといラペルのウールのダブルスーツを着ていて、それに憧れがあったことから今回はこの幅でオーダー。ボタンはこれまたサヴィル・ロウでしか使用されてないとされる2穴ボタンで統一。黒にしたことで結果的に引き締まった印象となり、自分のやりたいようなスーツが出来た。

オーダーだと吊しでは売ってないような生地と形のスーツが作れるのでかなり楽しい。完全に自己満足でしかないし、それなりに値も張るが、社会人生活の楽しみの一つだしここはひとつご愛嬌ということで。

 

○摂取したカルチャー2021(本篇)

今年は以下の本を読んだ。

NHK 100de名著『ディスタンクシオン』(岸政彦)
・『「私は甘えているんでしょうか(27歳OL)」』(村上龍)
・サキ短編集(サキ)
フィッツジェラルド短編集(フィッツジェラルド)
・春にして君を離れ(アガサ・クリスティ)
・ケーキの切れない非行少年たち(宮口幸治)
・BUTTER(柚木麻子)
・表参道のセレブ犬とカバーニャ要塞の野良犬(若林正恭)
・私は散歩とごはんが好き(犬かよ)(平野紗季子)
風の歌を聴け(村上春樹)

 

本はすごい買う癖に読むのは遅遅として進まないので結果的に積み本が200冊くらいある。

年初頃岸先生が100分de名著にご出演になり、ブルデューの『ディスタンクシオン』の話をしてたことからテキスト買って読んだ。岸先生今年は大躍進というか、『東京の生活史』も無事上梓され、『リリアン』で織田作之助賞の受賞があり、充実の年なのではと推察される。また去年から引き続き村上龍をちょぼちょぼ読んだ。去年は『空港にて』で正直面食らってしまった感じがあるが、『「私は甘えているんでしょうか」〜』はエッセーで読みやすく、またキューバの話がほぼほぼで読んでて楽しい。後述の『表参道の〜』もそうだが、今年は何かとキューバ関係を摂取した趣がある。

フィッツジェラルドは最高の作家だと思っていて、WW1からの復興目覚しいアメリカの、狂騒の20年代を巧みな叙述で雰囲気丸ごと紙面再現している。今回読んだ短編集は以前読んだ光文社古典新訳文庫版(『若者はみな悲しい』これもタイトルが最高。)と一部内容が同じであり、訳の違いを楽しむために読んだ節がある。特に両者に掲載のある『坊っちゃん』については、20世紀最高の中編小説と言っても過言ではないと考えている。享楽や繁栄の様子と、それが瓦解して堕ちていく姿を描かせたらピカイチ。サガンの『悲しみよこんにちは』も、ヘミングウェイの『日はまた昇る』もそうだけど、何であんなに欧米の享楽的な生活って魅力的なんだろうな。

夏頃までは試験があって特に何も読めず、終わってすぐ柚木麻子の『BUTTER』を読んだ。これまた結構重めだが、いくつか良いフレーズがあった。料理のシーンもかなりあり、読了後はレシピの再現とかをやった。おかげで少し太った。

『表参道の〜』は湯河原旅行中に読んだ。キューバもデジタルデトックスという感じで良かったが、アイスランド編も温かみがあり良い話だったと思う。旅先でも交流があったりするのはやはり名のある芸人ならではになるのだろうか。そう思うと芸人はつくづく逆進性に富んでいると感じる。名がある人の下には色んな人が集まって面白い出来事が起こるだろうから、話のタネが増えてまたそれを元にテレビやラジオで話したりすることでまた人が集まって……。

『私は散歩とご飯が好き(犬かよ)』はご存知平野紗季子大先生のムック本です。『味な店』も上梓されて大変めでたく、更には(NO)RAISIN SANDWICHの毎週発売もあり、平野紗季子推しとしては飛ぶ鳥を落とす勢いでの活躍に感涙している。本当はこのムック本に載ってる店を毎週末ごとにブラブラ散歩がてら行ってみるのをやりたいが、そう上手くはいかず、歯痒い思いをしている。

風の歌を聴け』はダブル村上の双璧をなす村上春樹を何となく読んでなかったことから「そろそろ読むか……」の気持ちで読んだ。やれやれ系文学の極北を往く村上春樹氏のデビュー作とのこと。表紙の絵がいいよね(内容ももちろん)。こういう放蕩をしたい。

 

○摂取したカルチャー(映画篇)

・mid90s
・シン・エヴァンゲリオン
・レイニーデイインニューヨーク
15時17分、パリ行き
プレデター
oasis Supersonic
マネーボール
・ゼロダークサーティ
・Godfather part.2
・Eyes wide shut
ノマドランド
攻殻機動隊
イノセンス
・ダンサーインザダーク
・ストーリーオブマイライフ 私の若草物語

 

映画始めに年初の早稲田松竹で『mid90s』を観た。A24もそれこそ飛ぶ鳥を落とす勢いで新たな映像作品を作っており、どれも面白そう。これを観て今夏のスケボーを観ると、ストリートにあるものを画一化して点数付けをし順位を決めることの滑稽さが少し浮き彫りになる(あれはあれで競技性があって良かったですが)。女子の部でフィリピンから出場している子が、自分も相手も、技が失敗しても成功してもとにかく楽しそうにしていたのが印象的だったが、あれが恐らく本来あるべき姿みたいなものなのだろうなと感じた。権威主義的なものに対するアンチテーゼとしてのストリート。その精神をこの映画に強く覚えた。ナケル・スミス(レイ役)の滑りがカッコイイんだこれ。観て欲しいね。

今年はなんと言っても『シン・エヴァンゲリオン劇場版:||』でしょう。初回IMAX以外は違う気がして、わざわざ有給取って京都まで観に行った。エヴァンゲリオン新劇場版、とりあえず完走したな……長かったな……。産みの苦しみだとは思うけどすごくいい話に納まったので良かったんじゃないんですかね。賛否あるみたいですけども。

これに尽きる。

 

『Call me by your name』以来ティモシーシャラメに魅了されたヲタクであるので、『レイニーデイインニューヨーク』も『ストーリーオブマイライフ 私の若草物語』も観た。ティモシーは金持ちの放蕩息子やらせたら右に出るものは現状居ないってほどに役と演技があっている。だからこそ『DUNE/砂の惑星』で主演ティモシーの話聞いた時は少しガッカリもした。食わず嫌い激しいのでまだ観れていないがあれはあれで面白いらしい。

あとはそれなりに興味があったやつとかをちらほら。ようやく『攻殻機動隊』と続編の『イノセンス』が観られて満足。90年代アニメのあのセル画の感じは何とも言えない魅力がある。押井守が云々っていうサブカル話題あるあるに食いついていけなかったが、なるほどこれが押井作品で皆話題に挙げるのか、と合点がいった。僕は岩井俊二の方が好きかもしれない。パトレイバーの映画版1,2は今年BSで再放送があったことから録画しているがまだ観れていない。パトレイバー自体話の内容がイマイチなので予習してから臨みたいところ。

 

○摂取したカルチャー(音楽篇)

今年発売のアルバムで個人的にはこれがベストだった。

北米のオルタナナティブなバンドの隆盛が著しい昨今ですが、中でもThe mariasはまだ日本でもあまり知られていない模様。今回は『Talk to her』が結論としては非常に心に残る曲だった。全編通して聞いた上で最後この曲を配置するイヤらしさ。聞いてもらった方が早いが、3拍子のワルツが主体で、語り調の曲となっている。その他『Un Millon』『Fog as a Bullet』もオススメ。

 

One (feat. tofubeats)

One (feat. tofubeats)

  • STUTS
  • ヒップホップ/ラップ
  • ¥255

12月に駆け込みでよく聴いたものに滑り込んできたが、『大豆田とわ子と三人の元夫』でもおなじみSTUTS氏が年末に出した新作。歌うトラックメイカーとして、やはりtofubeats氏との共作は避けては通れない所なのか。tofubeatsパートの"探してる未来の先は何だろうな 分からないけど頑張ろうか"のverseも良いし、STUTSパートのverseも良いし、Hookも最高。クラブに限らずどんな場所でも「踊る」ことを思考してきたtofubeats氏だからこそ書けるHook("どんな動きでもDo your Dance")だよな、としみじみしてしまった。

 

その他色々聞いて書きたいものはあるけど、とりあえず多くなりそうなので一旦ここまで。

 

○日記

・試験関係の報告と仕事のこととか

ご承知おきでない方もいると思うので前提から書くが、現在会計事務所で働きつつ、税理士試験の合格を目指している。税理士試験は会計科目2科目(必修)、税法科目3科目(選択必修1、その他2)の計5科目合格で税理士として登録できるようになる、という仕組みだ。2021年の試験は8月お盆明けに行われ、つい先日(12/17)に結果が郵送されてきた。今回は会計科目のうち財務諸表論と呼ばれる科目を受験し、見事合格。昨年もう1科目の簿記論を合格しているため、晴れて会計科目の必修は全てクリアしたこととなる。来年からはいよいよ税法だが、やっていかなくてはならない事には変わりないので、引き続きやっていく。これが冒頭書いた1TDの話。

他の大会社のことが全く分からないので、自習無しに仕事に向かって何となく成り立っていることにかなり驚いた覚えがある。いわゆるOJTで何となく賄えて現状の仕事にアサイン出来るんだなぁと。勉強しなくてもやって行けるなら、その分可処分時間が増えるから好きなこと出来るしいい事だと思う。どっちが良いとかではなく、自分は今の道が向いていただけという話だが。

 

・アメフトの話

こいついつもアメフトの話しかしてないなとお思いでしょうが、NFLは本当に毎試合面白い。日本国内でもリーグがあってやっているが、如何せんしょぼく見えてしまう。それはスタジアムが野球場で満員でないとかプレーが微妙とかそういうことに起因するのかもしれない。スケールの話なような気がしている。が、もし本場に行ってフィールドを見たら俺もガッカリするのだろうか。パリ症候群のように、期待と実際のギャップに打ちのめされてしまうのだろうか。

先日大学日本一を決める甲子園ボウルが中継であったので見た。カレッジフットボールアメリカ本土でも絶大な人気を誇り、プロとも遜色ないプレーをする(だからこそプロ入り後即戦力として活躍できる訳だが)。試合は関西学院大学が優位に進めていたが、アメリカの、大柄な選手が全力でぶつかり合ってもランで2ydくらいしか進まないみたいなことがあまり無い。なんかすごいランで進む。全然パントも高さ低いし、ほぼリターナー目掛けて蹴ったりしており、ガラパゴス化が進んでいるように思えた。インターナショナルコンバインとかでNFL目指す人もいる中、これでいいのかJAPAN……。とは言え年明けのライスボウルは観に行く。アメフトは生で見た方が面白いからね。

 

というわけで、今年の総括になります。

「興味があることとないことの差がすごくはっきり態度に現れますよね」と言ったのは今年入ってきた後輩の子だったが、ご指摘の通りで興味があることない事のメリハリが強い。in the blue shirtことアリムラさんはブログで、"おもんないアニメなんてない、おもんないのはお前だけ"と書いていた。おもんないのはお前が対象に面白みを見出せてないだけで、真の面白みみたいなものはあるはず。それを見出せるのは当人の"幅"みたいなもので、来年はそこ広げないとなと思っている。

皆様良い年をお迎えください。それでは。

 

日記

かなり忙しい。

コロナ禍も1年半が過ぎ、感染症とのとの戦いは大東亜戦争におけるミッドウェー前の旧日本海軍よろしく連戦連勝とはいかず、むしろ旧日本陸軍のようなジリ貧の戦いが続いている。

"思えば遠くへ来たものだ"と言ったフレーズが確か『氷菓』の科白にあったが(好きフレーズ)(椎名林檎の『長く短い夏』にもある)、本当にその通りというか。万人にコスられ続けた話ではあるが、新型ウイルスによる感染症との戦いが始まった当時はどこか対岸の火事というか、遠い国(とはいえ隣国だが)の話の印象が強かった。

近頃は幾分感染者が減ったことで、ようやく出口への一里塚とでも言おうか、収束への足がかりを掴んだような気もする。一層気を引き締めたい。

友人たちもどうか元気に今年を乗り切って欲しい、アーメン。

 

 

某日

 

晴れた日は会社から山がよく見える。高層ビルの高層バンクに居を構える弊社だが、視界を遮るものはあまりなく、西の方角には秩父多摩甲斐国立公園雲取山とそのお仲間たちと思われる山々が屹立している。

どうも自分の中の原風景は『氷菓』に求められる事が多いらしく、山々に囲まれ麓に街がある構図にどこか懐かしさを覚える。あとは秩父なのだろうか。幹線道路の車線の向こうに山が聳えるのにたまらなくロマンを覚える。

いつかは『氷菓』の舞台である岐阜県高山市に行ってみたい。作中でも話が出るが、3000m級の山々が連なる穂高連峰(作中では神垣内連峰)が市の北東部に位置し、あまり高い建物が建っていないことから、視線を向ければ常に山が見える。あればいい。立山連峰が見える富山もいい。海外だとスイスのアルプス辺りとか、ネパールのカトマンズとか、あとはピレネー山脈とか見える所もいい。いつかは旅行しに行きたい。

 

 

 

支離滅裂だな。正しくは喫茶店のマスターになりたいね、だと思う。

とにかく今の仕事は就職する時に考えた「出来ること」「向いてること」「やりたいこと」の3つの軸のうち、「出来ること」を選択した結果こうなった。普通の事業会社に転職することは今は何となく考えられず、まだ今の仕事の方が面白いなとは思うことも多々ある。残りの選択肢のうち、向いてるのは喫茶店だろうな。やりたいことは青土社(現代思想)の編集とかだけど、そもそも理解が浅くて絶対に出来ないだろうなと言う確信があったのである意味理想として掲げる程度。

最近周囲で転職した人が8人ほどいるが、やはり会社は入ってみないと分からないなと強く痛感させられる。自分はかなり運が良かった。部署配属にも上司にも恵まれた。これが違う部署とかだったら自分も辞めてるだろう。

茶店の話をすると、理想は京都の六曜社。バーもあってコーヒーもあって、軽食でドーナツ出すみたいな。カウンターと席の配分がちょうどいい。(地下と地上で店舗構えてるのもいい)。次点で御茶ノ水穂高かな。そこまで照明強くなくて窓が大きく川沿いで陽の光が差し込んでくる。そして椅子が低く素材がベロア(確か)。ベロアの低い椅子に座りたい。古本屋街も近いから委託販売とかしてもいいし、何なら買い取って店に置いてもいい。

1回事業計画考えてみた時、自家焙煎でやるとロースターの設置場所とメンテ、そもそもの本体代金考えるとかなり渋い額になりそうだったから頓挫した。自分で店持ってるのはすごい、マジですごい事だと思う。それは感情の表現としての極北だから。

 

 

という感じで、今後Twitterの補足というか注記を付けるといったスタイルになりそうです。今回はお試し。出来れば毎週やりたいね。ではまた次週。

震災とオードリーのオールナイトニッポン

東日本大震災から、あと1月弱で10年が経つ。

 

このタイミング。2/13(土)23:08頃に福島県沖を震源とするM7.3(→7.1から修正)、最大震度6強を観測する地震が発生した。

 

揺れ方の気持ち悪さ。縦揺れに続いて長い横揺れ。揺れた後も残る揺れているような感覚。時間が経つにつれ、明らかになっていく状況。

あの日のあの光景がちらとフラッシュバックする。

どことなく不安だけが胃の中に澱のように残って、ともすれば吐きそうにもなるほど。

 

Twitterで呟いて不安を紛らわそうとしていたが、そんな中、ふとラジオのアプリが目に入り、開いた。

オードリーのオールナイトニッポンがやっている。

いつものように春日と若林が、地震なんて無かったかのように喋って笑っている。

途中から聴き始めたから、もしかしたら冒頭は地震について触れていたのかもしれない。けれども。今日ほど、こんなにもいつも通りでいてくれること、笑って話してくれていることの力を感じたことは無かった。

 

若林がボケる。春日が笑う。相槌をうつ。自分でツッこむ。笑う。

聞いてるうちに少しずつ、不安が解ける。胃がキューっとしてたのが、肩の緊張が解れていくのが、実感出来た。

とりあえず今夜は眠れそうだ。

 

東日本大震災の数日後、スカパーの中継でUCL レアル・マドリー vs リヨンの試合が放映された。実況は倉敷保雄さんだ。

冒頭、解説の金子達仁氏が日刊スポーツに寄稿したコラムを倉敷さんが朗読。その内容を踏まえ倉敷さんは、「サッカーにできることは何でしょうか。何も出来ない時でも、何も出来ない人を支えることは出来るはずです。(中略)今、自分が出来ないのであれば出来る人を支えたい。あるいはその先の人までも支えたい。この放送を見て、誰かが元気になってその人が、誰かを支えている人を元気づけられるのであれば、それでも意味があるのかなと思って、この放送席からレアル・マドリーとリヨンのゲームをご紹介していきます。」と続けて話した。

https://youtu.be/Dh7kJEoknz8

 

今日放送されたオードリーのオールナイトニッポンも、自分にとってはそういう役割を果たしてくれた。

不安な状況下において、エンターテインメントの持つ力強さ、プロのお笑い芸人としての矜恃、そしていつもと変わらずに在り続けていてくれる姿に奇しくも助けられた。

自分がこんなことで妙な不安を覚えるとは思っていなかったが、こうして元気づけられ、少しは安心して就寝出来る。

次は自分が、誰かの支えや気持ちの安らぎの一助でありたいと願ってやまない。

 

 

 

無題


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「少年老い易く、学成り難し」

これに尽きる。

 今年後半、特に10月以降の記憶がほとんどと言っていいほどない。
日々何を考え、どのように生活を送っていたのか分からない。
あんなに頑張っていた勉強も手がつかなくなってしまい、”予備校寄ってから帰る”といっては授業も受けず喫茶店で自習し、映画の上映時刻近くになったら1本映画見て帰るといったことを繰り返した。

 仕事を中心に時間が回り、心と体が乖離することが増えてきた。
「肉体だけが先に移動してしまい、心がまだ追いついていないんだ」といった話が星野道夫の『旅をする木』や開高健のエッセイやらであったが、まさにそういう感じ。

 あまりにも人生の加速度合いが大きく、動く歩道に乗りながら歩いている感覚とでもいった方がいいのだろうか、生のペースと時間の進みがちぐはぐで、ボタンの掛け違いが連発してぼーっとしてしまう。何をしたわけでもないのに日々疲れてしまい、帰宅して飯も食べずに寝て翌朝シャワーを浴びてそのまま会社に行くことが増えた。

 

 唯一、おいしいご飯を食べる事だけが救いであり、祈りであった。
 幸い社会人になったことで金銭面に余裕ができ、何を食べてもお財布にダメージを食らうことも少なくなった。大学生だったころに比べれば、一回の外食に対する感動の閾値が狭まったと言えばまま当たる側面もあるものの、それよりも食べられる料理がふえたこと、お店を容易に開拓できるようになったことで、感動の幅員とでもいったらいいのだろうか、レパートリーが増えたなとは思う。
 たまに会う人に「毎週満点青空レストランみて号泣している」話をすると意味わからんみたいな顔をされてしまうが、あれはただ宮川大輔が「うまーーーい!!」て言って、続けて水樹奈々のナレーションで「うまい!」ってスタンプがポンと押される様を観るだけの番組ではない。あれは、生産者が自分の作った食材をおいしく調理してもらって食べてもらって心から感動しているのを見て、一緒になって我々もカタルシスを得ることを目的としている。あれは宗教なのだ。番組は一種のミサであり、宮川大輔はさながら宣教師である。宣教師たる宮川大輔食レポを通じて人々に主の教えを説き、我々も自然が育んだ作物をおいしく頂くことで感謝の祈りを捧げる。

 ……とかこんな意味不明な供述をしているが、泣いてしまうのは事実だ。その涙の源泉はどこにあるかというと、一つは単純に、心のダムの高さが以前よりも低く削れてしまったことでちょっとしたことで涙腺が決壊してしまうことにある。どうしてかよくわからないタイミングでブワっときてしまう。

 最近、リバイバル上映かなにかで『ヱヴァンゲリヲン新劇場版:序』を観た。序というのは、主人公のシンジ君が父である碇ゲンドウに呼び出されネルフ本部で押し問答の末エヴァに搭乗するところから、ヤシマ作戦陽電子砲を使徒にブッ放すところまでである。特に有名なヤシマ作戦前後のシーン。綾波レイが作戦前に「私が死んでも、代わりはいるもの」「さよなら」といって作戦に突入し、何とか使徒を殲滅するものの、大ダメージを負った綾波レイを救出する際にシンジ君が言う「自分には他に何もないなんて、そんなこと言うなよ。別れ際にさよならなんて、悲しいこと言うなよ」と声をかける場面。不意に泣いた。他に2人くらいしか客もいなかったので、わりと大きめのすすり泣きをしてしまった。たぶん何かがすごい引っかかったのだろう。セーターをどっかに引っ掛けちゃって糸が解れてしまうように、心のささくれに引っかかって堰を切ったように感情が溢れてしまった。

 あとは(恐らく)自分に対する不甲斐なさみたいなところも理由にある。日々の生活それ自体に疲れてしまい、コンテンツを受容するばかりになって、生み出すこともできない自分の不甲斐なさみたいなものがベースとしてあり、「私が死んでも代わりはいるもの」「自分には他に何もないなんて、悲しいこと言うなよ」の応答がトリガーになっているんじゃないかと。こう勝手に分析しているわけなんですね。めんどくせー。

 自分の畑を持って、せっせか育てては出荷してまた種まきして、苗を植えては水をやって育てて……みたいな生産サイクルを持ってみたいとは思う。これは農業だけの話じゃなく、創作全般の話ではあるが、何かを生み出して成果物を自家消費するであったり社会に流通させるであったり、そういうことは自分のやってることに対して進捗が目に見えやすい点において精神的な安定をもたらす。
 それこそ同人活動なんかやってみようかなんて思った時期もある。けれどももう新しいものへの食指が伸びない。話題沸騰のカマド・タンジェロの奇妙な冒険こと鬼滅の刃を1からアニメ見ようとかマンガ読もうとか、あまりに置いてけぼりになりすぎてもうコンテンツに触れようとさえも思えなくなった。ヲタク趣味はもうどれもこれも疲れてしまった。もう趣味欄に書けるようなのは競馬と、アメフト観戦、読書くらいだ。
 Twitterもかれこれずっとやっているが、みんな「筋トレ!!!」「ジム!!!」みたいなマッチョな世界になってしまい、なんだか電車の中吊り広告みたいになってきた。

 もうどういう話をしたいかもわからない。すべてが不明になっている。人間と会っても仕事の話ばかりで、生活の話や読んだ本の話、観た映画の話など、そういう話をしたいんだが話が噛み合わなくて(うまく引き出せなくて、というか聞いても「あんまり見てない」って言われて話が止まる)蟠りが残ったまま終えることの方が多い。


 もういいか。もういいな。書いてきた話全部どうでも良いな。今年下半期の雑感です。精神と時の部屋に行きたい。若者はみな悲しい。来年も頑張りましょう。今年一年お疲れさまでした。

トレンチコート

このご時世においてまだボーナスが満額支給されるのは大変有難い限りですので、有難く貯金とトレンチコート購入に充当予定です。

 

以下ツイート。

 

 

ファオタとかではないけど、どうせ買うなら””本物””だけが欲しい。
特にトレンチコートについては歴史がある上に、もう現行品は値段が高いだけになってしまったのでどうしてもヴィンテージに手が伸びてしまう。
「これずっと売れないな~て思ってたやつでも、ある日シンデレラのガラスの靴みたいにバッチリ合うっていうシンデレラボーイが本当に時々やってくるんです。今日はそういう日でした。本当に良かった。」と店員さんが言うてくれたが、そういうめぐり合わせがあるんかなぁとか思う。

 

今冬はBarbourのオイルドジャケットと合わせて着倒していく所存。

次はとりあえずJohnstonsのマフラーかな、真冬に向けてそろえるものが多くてワクワクなんだけど、これはもっと働かないといかんなぁ。